シリーズ:一隅を照らす ミヤプロ社長 佐藤僖芳が語る創業53年 創刊号
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ミヤプロ誕生物語〜2〜 『人生における一大転機は昭和31年、春』
| 創業者、佐藤順の人生における“一大転機”は昭和31年 の春のことであった。 当時校長であった佐藤順は、年度末の教員の人事異動の仕事を終え、 気分転換のため東京の友人の所に遊びに行った。 その友人宅は、日本酸素鰍フ常務取締役 大場光治さん宅であった。 |
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この日本酸素が日本で初めてプロパンガスという商品を輸入した会社である。 大場光治さんにプロパンガスを見せられ、これが将来の家庭用エネルギーになる と思うよ、という話を聞いた佐藤順は、ある光景が頭に浮かんだ。 |
| 当時家庭の主婦は、カマドで薪を燃やし、時には煙に涙を流しながら お勝手仕事をしていた。 それがプロパンガスに変れば、涙を流すこともなく、お勝手仕事が 格段に楽になる。そうすれば全ての主婦は喜ぶはずだ。 “喜んでいる主婦の姿が脳裏に浮かんだ”という |
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そうだ! これからは家庭の主婦に喜びの種まきをしよう! そう決心した佐藤順は、その月(31年3月)に教育委員会に辞表を提出し、 40キロも離れた宇都宮市に来て商売を始めた。 学校の先生と警察官は、つぶしのきかない代表格と言われた当時であったから 当然のことながら反対する人が多かった。 なかでも話をした大場常務は必至で止めたらしい。 それもそのはず、6人の子供をもち年齢も48歳を迎えていた学校の先生が 商売を始めるというのだから・・・。 |
| そんなことは全く意にかえさず、学校の先生だろうが何だろうが、 やってやれないはずはない、と言って始めたのである。 “人生の一大決心”とはこのことである。 『家庭の主婦に喜びの種まきをする』 これがミヤプロの創業の原点であります。 (株式会社ミヤプロ 代表取締役 佐藤僖芳)
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